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命の連鎖の中にこそ人の役割もある!知的障害者たちが働き、サミットや国際線ファーストクラスにも採用されたワイン造りの奇跡(中編)

2017年 10月 3日

(株)FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師 前川孝雄

20年経って働くようになった園生も。気長に待つことも大切

 また、働くまでにかかる時間も、そこに至るプロセスも園生それぞれだという。これに関しても象徴的なエピソードがある。
「山に来ると、冬でも服を脱いで駆け回っているA君という園生がいたんです。そして、いつもA君が脱いだ服を拾って追いかけていたのがB君。『A君の後を追いかけるのは大変だよね。嫌になってしまわない?』と聞くと、B君は『A君はどんなに難しい漢字でも書けるんだよ』ってA君のことを尊敬し、自慢しているんですね。だから、心配して服を持って追いかけている。そんな光景がずっと続いていたんです。それから20年ほど経ったある日、なんとA君が原木作業の中心になって原木を水槽から出しているじゃないですか。もちろんほかにも要因はあったんでしょうけど、B君の思いがA君を少しずつ変えていったんだと思います。それにしても仕事をするようになるまで20年ですよ。普通の会社だったらありえない話ですよね(笑)」

 こころみ学園では、「仕事ありき」で人がいるのではなく、あくまで「人ありき」で仕事がある。さらには、親元にいた頃は色も白く肥満気味だった園生が、こころみ学園で過ごしていると、逞しくなっていくという。園生の日々の働き方や数々のユニークなエピソードを伺っていると、改めて「働く」ということの本質が見えてくるように思われる。
 「働く」とは、「傍を楽にする」こと。人は「誰かの(何かの)役に立っている」と感じるからこそ、イキイキと働くことができる。目的の見えない作業のための作業では体力作りやリハビリにはなっても、働きがいを実感することはできない。健常者であれ、知的障害を持つ人たちであれ、そこに違いはないのだ。


「今はみんな、○か×のどちらか、白か黒かのどちらかに分ける傾向にありますよね。でも、世の中の99%のことがらは△だったり、グレーだったり・・・。無理矢理線を引いて区別をすることは不自然なことです。働くということも、経済的な効率のみで判断せずに、広く深く長く考えていく必要があるように思います」

「人を育ててなんかいません。私たちが育てられているんです」

 ときには回り道をし、ときには途方もない時間をかけながらも、「働くこと」は園生たちを成長させているように感じられる。それでは、池上氏は「人を育てる」ということに関してどのように考えているのだろうか?
「『育てる』なんておこがましいことは考えてないです。むしろ私たちが育てられていますね。ヒョウが降って葡萄がダメになったことがあったんです。私はつい『これで470万円の損失だ、どうしよう』なんてことをクヨクヨと考えてしまう。でも、園生たちはいつものように元気に仕事をして、ご飯をいっぱい食べて、『明日もやろうね!』と帰っていくんです。父が亡くなり、さらに東日本大震災で落ち込んでいたときも園生は「園長先生、死んでる場合じゃないよ」と(笑)。そんな姿を見て、『この子たちのほうが生物として正しいな』って感じたんです。余計なことを考えずに、今できることを精一杯やればいいんですよね。結局それ以上のことはできないんですから」


 ワイン造りに関しても池上氏は「自然に寄り添うこと」を大切にしているという。
「自分たちがワインを造っているなんて言っていますけど、実際には葉緑素が光合成によってブドウ糖を作り、そのブドウ糖を酵母がワインと二酸化炭素に変える。ワインを造っているのは植物や微生物です。私たち人間はその過程にほんのわずか関わっている大きな微生物(笑)。天気がどうとか、気温がどうとか悩んだところで人間にどうにかできるものじゃありません。経営とかマーケティングというのも私にはよくわからないんです。だって私たちがいくら計画を立てても自然はその通りにはなりませんから」

 だから、葡萄の声に耳を傾ける。答えは人の頭の中にあるのではなく、自然の、命の連鎖の中にある。

 池上氏は、ビジネスも同じように「命の連鎖」としてとらえている。銀行からお金を借り、そのお金を使ってワインを造り、そのワインを買ってくれる人たちがいる。そのようにして稼いだお金の一部は税金として社会に還元する。ここでもそれぞれの命がつながっている。自分だけが得しようとは考えず、この連鎖の全体を大切にして事業に取り組むことで、園生もお客様も銀行も社会もその分だけ幸せになる。経済活動を成り立たせる生態系。そんな視点で考えると、複雑に見えるビジネスをもっとシンプルに理解できそうだ。
「大切なのはお客様。買ってくれる人がいなかったら仕事ができませんからね(笑)。だから、私たちは一生懸命おいしいワインを造ることを目指しているんです」

 園生たちはワイナリーに訪れるお客様に会うと「収穫祭においでよ」と人なつっこく誘うそうだ。ココ・ファームは園生にとって働く場所であると同時に、自分の家のようなもの。おいしいワインでみんなを喜ばせることができる、自慢の家なのだ。


構成/伊藤敬太郎

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(株)FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師 前川孝雄

人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業者。約300社で導入される「上司力研修」や「人を活かす経営者ゼミ」、「育成風土を創る社内報」編集などを手掛け、長期伴走型で徹底した人が育つ現場創りを支援。部下を育て組織を活かす上司力提唱の第一人者。親しみやすい人柄にファンも多い。著書に『上司の9割は部下の成長に無関心』(PHP)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『女性の部下の活かし方』(メディアファクトリー新書)など多数。最新刊『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(KKベストセラーズ)はamazon「企業経営」「企業革新」カテゴリー1位、紀伊国屋書店や丸善などで新書1位のベストセラー。